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広島地方裁判所尾道支部 昭和58年(わ)192号 判決 1985年11月18日

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  森晃一と共謀のうえ、昭和五八年一〇月二六日午後一〇時三〇分過ぎころから翌二七日午前零時四〇分ころまでの間、広島県豊田郡本郷町大字南方字松屋根一二五一番地の一所在の本郷カントリークラブ(経営者株式会社本郷カントリー)内の第二貯水池の中から、大下利典管理にかかるゴルフボール六二二個(時価約二万一七七〇円相当)を窃取し

第二  公安委員会の運転免許を受けないで、

一  昭和五七年一二月二六日午後三時四五分ころ、徳島県小松島市日開野町勝久三五番地付近道路において、普通乗用自動車を運転し

二  昭和五八年二月一九日午後一〇時一六分ころ、同県徳島市庄町一丁目七六番地の一先道路において、普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)<省略>

なお、弁護人坂本皖哉は、判示第一の窃盗罪の客体であるゴルフボールはゴルファーが競技の際誤つて貯水池に打ち込んだいわゆるロストボールであるところ、ロストボールの回収を諦めたときのゴルファーの心理はそのボールを将来発見拾得するであろう不特定の者に対して黙示的に贈与する旨の申込みの意思表示を含み、これを発見拾得した者はその申込みを承諾してその所有権を取得する関係に立つものというべきであり、本件ロストボールについても不特定の発見拾得者の一人として被告人がゴルファーの贈与の申込みを承諾したものといえるが、仮にそうでないとしても、ロストボールの回収を諦めたゴルファーはその所有権を放棄したものというべきであるから、そのボールは無主物となり、これを最初に所有の意思をもつて占有した者が無主物先占により所有権を取得するものというべきであり、本件ロストボールについても無主物を被告人が先占したものと考えられるので、いずれにしても本件ロストボールの所有権は被告人に帰属し、被告人は右窃盗罪について無罪である旨主張する。

前掲各証拠によれば、本件ロストボールはいずれも株式会社本郷カントリーが経営する本郷カントリークラブのゴルフ場内の第二貯水池にゴルファーが競技の際誤つて打ち込み、その水底に沈んだまま放置されていたものであること、右貯水池は右クラブがゴルフ場建設の際延長約一〇五メートル、中央樋門付近の高さ約一三メートルのコンクリート製堰堤で谷をせきとめて流水を貯留し、これを下流の農地の水利やかんがいやゴルフ場内の散水等の用に供する目的で設置した人工池で、北側が堰堤、その余の三方が比較的急な斜面からなる南北約一五〇メートル、東西約一〇〇メートルのほぼ台形をした深い池であること、右貯水池は堰堤の中央及び西側に設けられた大小二個の樋門の開閉により放水や水量の調節ができるようになつており、堰堤の上は幅員約四メートルの歩径路になつていて、ゴルフ場の施設として右クラブ経営者によつて維持管理がなされていること、もつとも、右ゴルフ場は場内に入る専用道路入口付近に夜間閉鎖する門扉があるだけで、周囲に柵や塀等の囲障がなく、立入禁止の看板等も設けられておらず、一部一般の通行の用に供される遊歩道等も場内を横切つているうえ、ゴルフ場の休業日(毎週一回)や営業日でも夜間(通常午後六時ころから翌朝八時ころまで)は無人状態となるため、物理的には誰でも自由にゴルフ場に立入り右貯水池に到達することは可能であるが、右クラブ経営者がゴルファー、ゴルフ場関係者、林業関係者等を除いて何人に対してもゴルフ場内に自由に立入ることを認めたり、施設を無制限に開放使用させているわけではないこと、右貯水池は二番ホールのティグラウンドとフェアウェイの間を横切り、四番ホールのフェアウェイにくいこんで位置しているため、右各ホールで競技するゴルファーが誤つてこの池にゴルフボールを打ち込むことは当然予測できる状況にあり、右貯水池に打ち込まれたボールは三方の斜面を伝い落ちる等して池の底に沈むが、堰堤の排水口が池の底より高い位置にあるうえ、排水口にはスクリーンが設けられているため、ボールが池の外に流出することはなく、池の底にたまるようになつていること、右クラブでは昭和五二年七月の開場以来清掃等のため定期的(約二年毎)に堰堤に設けられた樋門を開いて貯水池の水を抜き、その際池の底にたまつているゴルフボールを回収し、自己の所有物としてその一部を職員の練習の用に供し、残りの大半を業者に売却する等して処分していたこと、被告人らは深夜無断で右ゴルフ場内に立入り、右貯水池の堰堤中央にある樋門(当時は同樋門用ハンドルには施錠がなされていなかつた。)を開いて一部水を抜き、潜水服を着用して池の底から本件ロストボールを拾い上げていたが、下流の住民が深夜の異常な放水に驚いて通報したこと等から発覚し、逮捕されるに至つたことが認められる。

ところで、いわゆるロストボールについて、ゴルファーがその所有権を放棄したのかどうかの判定は慎重になされなければならないものと思料するが、少なくとも、ゴルフ場内に設置された池に打ち込まれ、そのまま水底に放置され、一見して回収が著しく困難な状況下にあるボールについては、通常打ち込んだゴルファーが所有権留保の明示の意思表示をしている等特段の事情が存する場合を除いて、その所有権は放棄されたものと認めるのが相当であり、そのボールは無主物となつたものというべきである。

弁護人は、ロストボールの回収を諦めたゴルファーの心理はそのボールを将来発見拾得するであろう不特定の者に対して黙示的に贈与する旨の申込みの意思表示を含む等と主張するが、ゴルファーが回収を断念したボールについては、通常例えばそのボールに弁護人主張のような贈与の意思表示が明記されている等特段の事情のある場合を除いて、不特定の他者に対する贈与の意思表示がなされたものとは解し難い。

前記認定の本郷カントリークラブの第二貯水池の大きさや深さ等の形状等に照らすと、右貯水池に打ち込まれたゴルフボールの回収がゴルファーにとつて一見して著しく困難であることは明らかであり、打ち込んだゴルファーが所有権留保又は贈与の明示の意思表示をしている等特段の事情も存しない本事案においては、本件ロストボールはその所有権が放棄され、無主物となつたものというべきである。

次に、無主物となつたロストボールは誰が先占し、その所有権は誰に帰属するかである。ある者が事実上排他的に支配管理する場所内に存在する物はその者の占有下にあるものといえるが、その物が無主物であり、その者がそれに対し所有の意思を持つときは、その者は無主物先占によりその物の所有権を取得し、その場合の占有は直接的な握持である必要はないというべきである。従つて、ある者の事実上排他的に支配管理する池にゴルフボールが打ち込まれ、その所有権が放棄された場合、無主物であるボールはその者の占有下にあり、同時にその者がそれに対し所有の意思を持つていれば、その所有権はその池の中にある状態のままでその者に帰属することとなり、それ以上にその者が池から回収する等直接的に握持するまでもないものというべきである。

そこで、前記認定の本郷カントリークラブの第二貯水池の設置場所、設置目的、維持管理状況等に照らすと、右貯水池は右クラブ経営者の排他的な支配管理下にあるものと認めるのが相当であり、その池の中にあつた本件ロストボールは右経営者によつて占有されていたものというべきである。そして、従前からの右クラブでの右貯水池より回収したロストボールの売却等の処分状況からすると、右経営者は所有の意思をもつて右ボールを占有していたものと認められる。従つて、本件ロストボールの所有権は無主物先占により右経営者に帰属していたものといわなければならない。

以上の次第であるから、前記認定の被告人らの本件ロストボールの回収行為はそのボールを所有する本郷カントリークラブ経営者の占有を侵害したものであり、窃盗罪に該当する。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、二三五条に該当し、判示第二の一、二の各所為はいずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年四月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和五三年一二月から同五六年四月までの間道路交通法違反罪(無免許運転)により四回罰金刑に処せられた前科があるほか、同五七年二月丸亀簡易裁判所でゴルフボールの窃盗罪により懲役八月、二年間執行猶予の判決を受け、さらに同年九月徳島地方裁判所で道路交通法違反罪(無免許運転、速度超過)により懲役五月、三年間保護観察付執行猶予の判決を受けた前科があり、右両刑の執行猶予中であるにもかかわらず、あえて右各前科と同種のゴルフボールの窃盗及び無免許運転を繰り返したものであり、特に窃盗罪については潜水服を用意し、貯水池の水を抜く等計画的かつ悪質な犯行であり、被告人には改悛の情も乏しい等の諸情状に照らすと、被告人が現行犯人として逮捕されたため被害品が全部回復されたこと等の事情を考慮しても、主文掲記の処断はやむを得ないものと思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官竹原俊一 裁判官矢延正平 裁判官内田計一)

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